来年、解散30年、再来年にはデビュー40年を迎える「チェッカーズ」。当時は悪ガキチックだったメンバーも今では頭に白髪が交じる年頃だ。そんな彼らに意外な動き。突如、公式YouTubeチャンネルが開設されたのだ。
チェッカーズがデビューしたのは、1983年の9月21日。公式チャンネルはそのデビュー記念日に開設された。
まずは、「夜明けのブレス」など8曲について、往時のミュージックビデオをアップ。「根強いファンの方が多く、“MVを観たい”という熱いリクエストを頂いていたことなどから、チャンネルを開設するに至りました」と言うのは、運営する「ポニーキャニオン」の担当者である。
「メンバーの皆様との直接のやり取りは行っておりません。当時の所属事務所と適切な契約を締結した上で、映像を使用しております」
今後、「涙のリクエスト」「ジュリアに傷心(ハートブレイク)」など、懐かしのヒット曲が追加される可能性も大。となれば、気の早いファンが期待するのは“あのこと”だ。
チェッカーズといえば、これまで熱狂的なファンによって、再結成が待ち望まれてきた。が、2003年、元メンバーの高杢禎彦(たかもくよしひこ)が新潮社から往時の回顧録を刊行。その中にメインボーカル・藤井フミヤを「金のためなら恩も売る」などと苛烈に批判した表現があったことから、藤井もこれに応戦し、メディアを通じた罵倒合戦に発展した。
「『ギザギザハートの子守唄』など初期の代表曲を提供した作曲家・芹澤廣明氏と、フミヤとの確執も報じられました。フミヤが“芹澤さんの歌を歌いたくない”と言ったとの話が流れ、実際、芹澤作品をソロライブなどで歌わない状態が長年、続いていました」(芸能デスク)
04年にはメンバーの一人・徳永善也が急逝したこともあり、再結成は困難と言われてきたものの、「ここにきて、雪解けの動きも見られるんです」とデスクが続ける。「3年前、フミヤは元メンバーのライブに参加してチェッカーズ時代の曲を歌い、今年に入っても、NHKの特番で芹澤さんと共演していますからね」これまでとは様子が変わってきた、というのである。
中略
「芹澤先生とお会いしたのは、チェッカーズの楽曲を歌います、というご挨拶。“どんどん歌いなさい”と言っていただけました」
と述べるのは、藤井フミヤご本人。愛犬の散歩の帰りに声を掛けると、足を止めて答えてくれた。
「先生から“確執があると言われているけど何でだと思う”と聞かれて、“さあ何ででしょう”と。これまで歌ってこなかったのは、ソロになった時、自分だけがチェッカーズの曲を歌うのは嫌だな、と思っていただけなんですけどね」
しかし、再結成について水を向けると、
「それは難しいと思いますよ。もうメンバーが一人亡くなっていますし、交流がほとんどない人もいますしね」
とやはり“あの人”の話に……。
「(高杢とは)全くお付き合いがありませんし、もう、どこに住んでいらっしゃるのかも、音楽をやっていらっしゃるのかもわかりません」
一転、顔を曇らせて語るのである。
「チェッカーズって俺たちメンバーのものではなくて、ファンの方のためのもの。YouTubeを見て楽しんでいただくのはとても嬉しいです。でも、今のところその先の話は聞いたこともないし、その気持ちもないですね」
やはり壁は高いのか。はたまた、サプライズのための呼び水か。
「『再結成』って、そんな素振りを見せずに、突然発表するものだからね」(芹澤氏)
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引用元: ・【音楽】藤井フミヤが語った「チェッカーズ」のYouTubeチャンネル開設 再結成の可能性について聞くと… [muffin★]
たしかにあの頃は輝いてたし楽しかったけどもう過去のことなんだし。
フミヤもこんなこと聞かれても困るだけでしょ。
チエッカーズの飲み屋やっとけよ
弟はまだマシなのに
ふみやと弟は十分食っていけるだろうけど
日本はそればかりだな
メンバーベリー
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